最高裁判所第二小法廷 昭和55年(オ)969号 判決 1983年11月25日
上告人 タケダシステム 株式会社
右代表者 木村正信
右訴訟代理人 小澤浩
被上告人 金田伶子
被上告人 新井田直美
被上告人 篠田良子
被上告人 大野梅子
被上告人 藤田晴美
被上告人 原田とみ
被上告人 吉田正子
被上告人 阿部キヨ
右八名訴訟代理人 島田隆英
同 紙子達子
同 佐伯静治
同 佐伯仁
同 渡辺正雄 外二五名
右当事者間の東京高等裁判所昭和五一年(ネ)第二七四九号未払賃金等支払請求事件について、同裁判所が昭和五四年一二月二〇日言い渡した判決に対し、上告人から一部破棄を求める旨の申立及び民訴法一九八条二項に基づく申立があり、被上告人らは上告棄却の判決を求めた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
原判決中上告人の敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。
上告人に対し、被上告人金田伶子は金四万八一二九円及び内金四万一二八六円に対する昭和五五年三月九日から、同新井田直美は金九万二七五五円及び内金七万九五六七円に対する右同日から、同篠田良子は金五万三七六三円及び内金四万六一一九円に対する右同日から、同大野梅子は金五万七〇五二円及び内金四万八九四一円に対する右同日から、同藤田晴美は金三万八七六一円及び内金三万三二五〇円に対する右同日から、同原田とみは金一万六一九六円及び内金一万三八九四円に対する同月一四日から、同吉田正子は金三万二八四三円及び内金二万八一七四円に対する同月九日から、同阿部キヨは金七万三六三三円及び内金六万三一六四円に対する右同日から、各支払済みに至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。前項の裁判に関する費用は被上告人らの負担とする。
理由
上告代理人小澤浩の上告理由第一点について
所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、原判決を正解しないか、又は独自の見解に立つて原判決を論難するものであつて、採用することができない。
同第二点について
原審が確定した事実関係は、おおむね次のとおりである。被上告人らは、昭和四九年一月二三日より前から上告人に雇用されている女子従業員であり、かつ、上告人の従業員四六名のうち約三〇名で組織する全国金属労働組合東京地方本部タケダシステム支部の組合員である。上告人は、右同日、被上告人ら又はその所属する右労働組合の同意を得ないまま、就業規則二三条の「女子従業員は毎月生理休暇を必要日数だけとることができる。そのうち年間二四日を有給とする。」との規定(以下「旧規定」という。)を「女子従業員は毎月生理休暇を必要日数だけとることができる。そのうち月二日を限度とし、一日につき基本給一日分の六八パーセントを補償する。」との規定(以下「新規定」という。)に変更し、右同月から新規定の適用を始めた。被上告人らは、旧規定下においては、年間二四日以内の生理休暇についてこれを取得しても基本給を減額されなかつたが、新規定の下においては、一か月につき二日以内の生理休暇についても当日の基本給を三二パーセント減額され、二日を超える分の生理休暇については当日の基本給を一〇〇パーセント減額されることになつた。原審は、以上の事実を認定した上、就業規則は使用者が一方的に変更し得るものであるが、労働者又はその所属する労働組合の同意がないのに、長期的に実質賃金の低下を生ずるような不利益変更を一方的に行うことは許されないから、被上告人らの実質賃金を長期的に低下させる本件就業規則の変更は被上告人らに対し効力を生じないと判断し、被上告人に対する、新規定の下で生理休暇の取得により減額された賃金の支払請求を認容した。
しかしながら、新たな就業規則の作成又は変更によつて、労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として、許されないが、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されないと解すべきことは、当裁判所の判例とするところであつて(最高裁昭和四〇年(オ)第一四五号同四三年一二月二五日大法廷判決・民集二二巻一三号三四五九頁参照)、今これを変更する必要を見ない。したがつて、本件就業規則の変更が被上告人らにとつて不利益なものであるにしても、右変更が合理的なものであれば、被上告人らにおいて、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されないというべきである。そして、右変更が合理的なものであるか否かを判断するに当たつては、変更の内容及び必要性の両面からの考察が要求され、右変更により従業員の被る不利益の程度、右変更との関連の下に行われた賃金の改善状況のほか、上告人主張のように、旧規定の下において有給生理休暇の取得について濫用があり、社内規律の保持及び従業員の公平な処遇のため右変更が必要であつたか否かを検討し、更には労働組合との交渉の経過、他の従業員の対応、関連会社の取扱い、我が国社会における生理休暇制度の一般的状況等の諸事情を総合勘案する必要がある。しかるに、原審が、長期的に実質賃金の低下を生ずるような就業規則の変更を一方的に行うことはそもそも許されないとの見解の下に、本件就業規則の変更が合理的なものであるか否かについて触れることなく、右変更は被上告人らに対し効力を生じないと速断したのは、就業規則に関する法令の解釈適用を誤つたものといわざるを得ず、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決中上告人の敗訴部分は破棄を免れない。そして、叙上の点について更に審理を尽くさせる必要があるから、右破棄部分につき、本件を原審に差し戻すこととする。
民訴法一九八条二項の裁判を求める申立てについて
上告人は、本判決末尾添付の申立書記載のとおり、民訴法一九八条二項の裁判を申し立て、上告人がその主張の金員を主張の日時に被上告人らに支払つたことは、被上告人らの争わないところである。右事実関係によれば、右金員は、原判決に付された仮執行宣言に基づき給付したものに当たると解するのが相当である(最高裁昭和四四年(オ)第九九三号同四七年六月一五日第一小法廷判決・民集二六巻五号一〇〇〇頁参照)。そして、原判決上告人の敗訴部分が破棄を免れないこと前記説示のとおりであるから、原判決に付された仮執行宣言がその効力を失うことは論をまたない。したがつて、右仮執行宣言に基づいて給付した金員及びその内金に対する給付の翌日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による損害金の支払を求める上告人の申立ては、これを正当として認容しなければならない。
よつて、民訴法四〇七条一項、一九八条二項、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 木下忠良 裁判官 鹽野宜慶 裁判官 宮崎梧一 裁判官 大橋 進 裁判官 牧 圭次)
申立書
上告人に対し、被上告人金田伶子は金四万一二八六円、同新井田直美は金七万九五六七円、同篠田良子は金四万六一一九円、同大野梅子は金四万八九四一円、同藤田晴美は金三万三二五〇円、同原田とみは金一万三八九四円、同吉田正子は金二万八一七四円、同阿部キヨは金六万三一六四円及び右金員に対する昭和五一年一一月一三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を各々支払え
との判決を求める。
申立の理由
一 上告人は昭和五四年一二月二〇日判決言渡があつた原判決(東京高等裁判所昭和五一年(ネ)第二七四九号)の仮執行宣言に基づく被上告人らの請求に対し昭和五五年三月八日(原田とみのみ同年同月一三日)次のとおり被上告人らに支払つた。
二 今回御庁が本案判決を変更される場合は、上告人が右のとおり被上告人らに対し支払つた金額及びこれに支払日の翌日より元本に対し年五分の割合による損害金を付加して(原判決のとおりの元本及びこれに対する支払済みに至るまでの年五分の割合による損害金)返還を命ぜられたく民事訴訟法第三九六条、第三七八条、第一九八条第二項に基づきここに申立てる次第である。
上告代理人小沢浩の上告理由
原判決は上告人(以下上告人または上告会社という)が、就業規則第二三条の「女子従業員は毎月生理休暇を必要日数だけとることができる そのうち年間二四日は有給とする」(以下これを旧規定という)とあるのを「女子従業員は毎月生理休暇を必要日数だけとることができる。そのうち月二日を限度とし、一日につき基本給の一日分の六八パーセントを補償する」(以下これを新規定という)と変更した(以下これを本件就業規則の変更という)のをもつて第一に「労働者に対し長期的に実質賃金の低下を生ぜしめる点において不利益な労働条件を課することになつた」と述べ(第一点)、次いで「被上告人金田伶子ほか七名(以下被上告人等という)に生理休暇制度の濫用、賃金総額の大幅上昇があつても実質賃金の低下を生ずるような就業規則の一方的変更によつて被上告人等に不利益な労働条件を課することは許されないと述べた(第二点)。
以上二点にはいずれも理由不備(民事訴訟法第三九五条第一項第六号)または判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違反、経験則違反(同法第三九四条)がある。
第一点 原判決は理由の二において本件就業規則の変更が労働者に対し長期的に実質賃金の低下を生ぜしめる点において不利益な労働条件を課するものだと述べているが、これには次のとおり理由不備または法令違反、経験則違反がある。
氏名 元本 損害金 合計
金田伶子 金四万一二八六円 金六八四三円 金四万八一二九円
新井田直美 金七万九五六七円 金一万三一八八円 金九万二七五五円
篠田良子 金四万六一一九円 金七六四四円 金五万三七六三円
大野梅子 金四万八九四一円 金八一一一円 金五万七〇五二円
藤田晴美 金三万三二五〇円 金五五一一円 金三万八七六一円
原田とみ 金一万三八九四円 金二三〇二円 金一万六一九六円
吉田正子 金二万八一七四円 金四六六九円 金三万二八四三円
阿部キヨ 金六万三一六四円 金一万〇四六九円 金七万三六三三円
一、原判決の理由の二には次のとおり理由不備がある。
(実質賃金の意味)
(1) 原判決は原判決書第五丁表および第六丁裏において「実質賃金の低下」と述べ、更に理由の三にも同第八丁裏、第九丁表、第九丁裏においてそれぞれ「実質賃金の低下」と述べているが、「実質賃金」という用語は第一審、第二審を通じて出てきたことはなく、この原判決において初めて顔を出すが、ここにおいても何らの説明はなく、それが何を意味するのか不明である。原判決においてはこの「実質賃金の低下」が主文に至る理由として重要な支柱となつているにもかかわらずこの意味が不明では理由不備といわざるを得ない(この項には原判決理由の三についても述べる)。
(ア) 上告会社と労働組合との間で「賃金」とは甲第一一号証に明らかなように基準内賃金と冬、夏の賞与をあわせたものをいい、これを労働基準法第一二条の「賃金とは労働の対価として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう」との用語と一致する。
本件で問題となつている生理休暇補償金(従来は生理休暇手当と呼んでいたが、手当の中には超過勤務手当のような労働の対価たる賃金も含まれているので、これとの混同を避けるため以下生理休暇補償金または補償金という。因みに本件就業規則では補償という用語を使用している)は使用者が労働者に支給するものではあるが労働の対価ではなく法律上賃金ではない。
ただ通俗用語で賃金という場合は労働基準法第一二条の「賃金」に右補償金等の支給金を加え、広く使用者が労働者に支払うすべてのものを指す場合もあるかとも思われる。そこで以下用語の厳正を期するため法律上の賃金を「賃金」といい、これに賃金以外の支給金を加えたものを支給総額という。
(イ) そこで「実質賃金」とは、賃金、生理休暇補償金、支給総額のいずれを指すのかということになるが、本件では賃金は甲第一一号証のとおり三〇・三パーセントないし三二・〇パーセント上昇しているのでこれを実質賃金の低下というのはおかしい。また生理休暇補償金は前述のとおり賃金ではないのでこれを「実質賃金」というのは間違つている。そうすると「実質賃金」とは支給総額を意味するものではないかと思われる。ただそうなれば今度は原判決が理由の二の第四段で支給総額(ここでは賃金総額という表現をとる)の増加を認めながら(原判決書第六丁表)結論で「実質賃金」を低下させたことに変りはないという(同第六丁裏)のは矛盾する。
(ウ) そうすると「実質賃金」とは生理休暇補償金を指しているのではないかと推量されるが、第一審判決が補償金(生理休暇手当)は「賃金」の性格を有するものではないとしてこれを明白に否定している(第一審判決書第二三丁表)のであるから、原審がこれをくつがえして「賃金」のようにいうのであればもつと明白に説明すべきである。説明なくして突如補償金を賃金であるかのような表現をするので原判決理由を曖昧ならしめ理由不備となつている。
(実質賃金が生理休暇補償金の意味の場合の理由不備)
(2) 原判決のいう「実質賃金」をかりに生理休暇補償金の意味に解すると、原判決がその理由の二の第三段で述べる金額が被上告人等にとつて減額となり、これが一応は実質賃金の低下となるが(実際は支給総額は低下とならないこと前述のとおり)、その場合右第三段で述べられた金額が被上告人等の不利益の額でありそれ以上ではありえない。然るに原判決は主文で右以上の金額の請求を認めているが、その理由を述べず理由不備である。
原判決によれば本件就業規則の変更は許されないとのことであるが、その場合でも被上告人等に不利益になつている部分のみ無効となるのであつて、旧規定が有効になるわけはなく(一部無効)、被上告人等の補償金を基本給の上昇と同率だけ上げるべき理由はない(第一審判決理由3(二)(2)、同判決書第二四丁参照)。ただ原判決は補償金(手当)の額も増額すべきだとは述べているが基本給と同率増額すべしとは述べていない。然るに補償金について基本給と同率の増額を認め、これと既支給額との差額を計算した金額を主文に掲げるのは理由不備である。
(甲第三二号証)
(3) 原判決はその理由の二の第六段で甲第三二号証を成立に争いないものとして引用している(原判決書第八丁表)が、これは上告人が成立を争つているものである(第一審判決書第一二丁裏参照)からこれは理由不備である。
二、原判決の理由の二には次のとおり判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違反、経験則違反がある。
(生理休暇補償金)
(1) 原判決は生理休暇補償金(生理休暇手当)を「旧規定により得ていた権利」(原判決書第四丁裏)とか「既得の権利」(同第七丁裏)とかいい、またこの補償金を「実質賃金」と述べあたかも賃金であるかのようにいつているがこれは労働基準法第六七条、第一二条違反、経験則違反である。
更に原判決が「経済情勢の変動に応じて生理休暇補償金(手当)の額も増額すべきである」と述べているが(同第六丁裏)この法的根拠が明確でなく、かつ労働基準法六七条違反、経験則違反がある。
(ア) 生理休暇というものは労働基準法第六七条に明らかなように生理日の就業が著しく困難な女子または生理に有害な業務に従事する女子が取得できるものであり(以下これを生理休暇の要件または単に要件という)要件に該当しない女子は取得できないものである。
そして取得した場合も法律上は無償である(労働基準法第六七条)が有償にすることは差支えない。
(イ) 賃金とは前述のとおり「労働の対価」をいうところ、生理休暇が有償で補償金を出していてもこれは「労働の対価」ではないから法律上はもとよりいかなる意味においても賃金ではない。賃金は労働の対価であるから無償はあり得ず必ず有償であるが、補償金は前述のとおり無償もあり、これが有償になつたからといつて対価となるわけはなく賃金とは根本的に異なるものであり、これに「実質賃金」といつたまぎらわしい表現をするのは労働基準法第一二条に反し、経験則に反する。
原判決も賃金とは「労使の利害が真向から対立するもの」(原判決書第八丁裏)として対価性を打出し、他方補償金とは「女子労働者の保護を目的とする」(同第六丁裏)として保護性を表明し、両者を明確に区別しているにかかわらず後者を「実質賃金」として前者と同質のように述べるのは矛盾している。
(ウ) そこで補償金は権利ではなくして利益にすぎず(第一審判決理由四2、同判決書第一八丁表参照)、賃金の性格を有するものではなく、一たび与えたものを労働者の同意のない限り絶対に奪いえない性質のものではない(第一審判決理由四3(二)、同判決書第二三丁表参照)。補償金は無償でもよく、また有償としても保護する程度には種々の段階があるからである。しかも本件では被上告人等は生理休暇を濫用しているのであるからもともと利益すらないのである。
(エ) 生理休暇補償金の額をどのくらいにするかは女子労働者の保護の必要性および賃金との関連性において決定さるべきことで経済情勢の変動に応じて額を増額すべく義務づけられることはない。補償金の額を経済情勢の変動に応じて増額することは好ましいことではあるが、それに必然性があるかのようにいうのは主観的、感情的見解に過ぎず客観的理由に乏しい。本件のように被上告人等に生理休暇の濫用があり、また賃金の大幅上昇があるのであるから補償金を増額すべき理由は全く見当らない。従つて原判決が補償金の額を増額すべしというのは労働基準法第六七条、経験則に違反する。
(実質賃金の低下)
(2) 原判決は理由の二において実質賃金の低下をいうが、これは労働基準法第六七条、第一二条違反、経験則違反である。
(ア) 前述のとおり「実質賃金」の意味が不明であるが、原判決が補償金(生理休暇手当)の額の低下のほかにわざわざ実質賃金という用語をもち出しているのでこれは支給総額を意味するのかと考えたが、前述のようにそうではないらしく、結局補償金の意味に理解して論を進めてきたが、支給総額全体およびその後の経過で旧規定と新規定を比較し、利益、不利益を論ずべしというのが上告人の主張である。
補償金、その他手当と呼ばれるものはその目的は別として金額だけをとつてみれば基本給の補完作用として存在理由を有するものであるが、基本給、賃金が大幅に上昇し、ひいては支給総額(従来賃金総額といつていたもの)が大幅に増額すれば補償金その他の手当の存在理由が少なくなるものである。従つて補償金のみの額が一時多少減少する計算となつてもこれを「実質賃金の低下」と目くじらを立てて労働者に不利益というよりも支給総額全体およびその後の経過との比較において検討すべきであり、それが増額しておれば「実質賃金」は低下していないというべきであろう。
(イ) 原判決は理由の二の第四段において昭和四九年度の上告会社の基本給の増額は第四次中東戦争勃発後の石油危機という当時の経済情勢に応じて行なわれたものというべくと述べ、賃金の上昇が当然のようにいうが、賃金の上昇は物価の上昇のほか利潤の増大によつて定まるものであり、金額の適正は法的判断になじまないものであるが、これを補償金との関連でいうならば賃金の上昇率、上告会社の過去の実績および経過、上告会社と同種同格の会社の賃金との比較等の検討がなければ、補償金の金額の一時低下が『実質賃金』の低下につながるかどうか判断できない筈である。こういう検討なくして賃金が上昇するのは当然であり、補償金を増額すべきであるのに減額したので「実質賃金の低下」になるといわれても賃金と補償金との関連が明らかにされておらず的をはずれた判旨といわざるを得ない。
(ウ) 昭和四九年上告会社を含むオールタケダ四社で賃金が三二パーセント増額されたが、当時生理休暇をとるものととらないものの不公平が会社内部で問題となり補償金を賃金上昇率と同じだけ上げる理由に乏しいのでこれを基本給の六八パーセント補償ということで組合に提案したが、女子組合員全員が生理休暇を取得して不公平の張本人になつている上告会社の組合がこれを承諾しなかつたので本件就業規則を変更したのである。
右就業規則変更によつて原判決が理由の二の第三段(原判決書第五丁裏)で述べるとおり補償金一日の額は旧規定に比して被上告人吉田において金二五一円から被上告人阿部において金一〇一円減額の計算になることは事実であるが、これは当時基本給がオールタケダで三二パーセント、上告会社で三〇・四パーセント上昇し、被上告人阿部において金二万四九四九円から被上告人吉田において金一万七三〇二円と大幅に増額(原審上告人答弁書別表(二))されているので支給総額の大幅増額となり補償金の比重は低下した。しかも右補償金の減額もまた原判決が理由の二の第三段(原判決書第五丁裏)で述べるとおり被上告人新井田、同阿部、同金田、同藤田において昭和五〇年七月から、同吉田において同年五一年一月から、同原田、同大野、同篠田において同五一年一〇月から解消し、その後はむしろ増額しているのであるからこれを「実質賃金の低下」というのは労働基準法第六七条、第一二条、経験則に違反する。
(エ) 本件就業規則の変更の経緯につき従来の主張をまとめると次のとおりである。
上告会社(従業員四六名、うち女子一一名。昭和四八年一二月現在。以下同じ)には資本系統を同じくする会社として訴外タケダ理研工業株式会社(従業員二三一名、うち女子七二名)、同株式会社タケダエレクトロン(従業員四〇七名、うち女子一七四名)、同株式会社アイ・テイ・アール(従業員二二三名、うち女子六二名)の三社(以下これをタケダ理研等という)があり、これらでオールタゲダを形成し上告会社の労働条件はオールタケダ同一労働条件ということで運営されていた(甲第一二、第三号証)。
また上告会社においては昭和四六年設立以来毎年一二月において翌年の予想売上額の見通しを立てその見込のもとに組合と賃金交渉を行ない、オールタケダ同一条件のもとに組合と年間賃金協定を結びこれを実施してきた(甲第一一号証)。これは我が国の他の企業の労働組合が毎年四、五月頃に、三月の決算実績をふまえてその利潤分配につき春闘と称し使用者とベースアップまたはこれに夏のみの賞与を加えて賃金交渉するのとは異なつていた。
昭和四八年一二月賃金値上げにつき会社と組合はオールタゲタで三二パーセント、上告会社で三〇・三パーセントと話し合いを進めていたが、これは右のようにベースアップおよび夏、冬号証)。この上昇率は当時石油ショック後とはいえ上告会社の過去に事例がなくまた我が国の他の企業にも前例のない大幅な上昇率であつた。
当時生理休暇の補償金につき基本給を三二パーセント増額するとこれにともない補償金も増額することとなる(旧規定)が、オールタケダの中では上告会社のように一〇〇パーセント取得するところと、タケダ理研のように二〇パーセント取得するところと、タケダエレクトロン・アイ・テイ・アールのように三パーセントしか取得しないところがあり(第一審判決理由四3(一)、同判決書二〇丁裏参照。ただし上告会社とタケダ理研は一〇〇パーセント有償、他の二社は無償)これが不公平な問題であつた。そこで上告会社等は公平を期するため生理休暇をとらない女子および男子従業員に手当を与える旨提案したが、これは昭和二五年八月三〇日労働省婦人少年局長名通達に反することがわかつたのでこれを撤回し、補償金につき旧規定から新規定への変更を申入れたのである(訴状第二丁表参照)。これに対し上告会社を除くオールタケダの他の三社の組合は会社の申入れを受け入れたが、上告会社の組合が応じなかつたので本件就業規則を変更したのである。上告会社は賃金は労働の対価であるため実施必要と判断しこれを実施したのである(上告人第一審答弁書、準備書面(一)参照)。
上告会社等の昭和四九年度の賃金上昇率三二パーセント(上告会社のみでは高年令者が多いため三〇・三パーセント、被上告人等のみで三五パーセント。第一審上告人準備書面(一)参照)はその後他会社が追随して春闘相場となつたが、上告会社の右賃金上昇率は昭和四九年度一年を通じてのものであり、昭和四九年の我が国の規模三〇人以上の事業所の現金給与総額の前年度に対する上昇率約二七パーセント(総理府統計局編日本の統計一九七七年一八五頁。労働大臣官房統計情報部編労働統計要覧一九七八年八〇頁参照)を上回るものであることは公知の事実である。
(補償金有償日を年間二四日から月二日に変更したのは不利益か)
(3) 原判決は理由二において年間二四日を月二日に変更したことをもつて第一段で一ヵ月三日以上の取得については三日目からはその一〇〇パーセントの減額をするものであるから不利益だと述べ、第六段で生理が月二度あつた場合の保障を欠くことになり、また年間一二回を超える場合に各人が自己の心身の状況に合わせて生理休暇を取得することができなくなるなどの不利益を生ずると述べているが、これは労働基準法第六七条違反、経験則違反である。
なるほど新規定では生理休暇は三日目から補償金は無償となるが、通常生理休暇は月二日与えれば十分であり(我が国の企業では月二日が普通である。乙第二号証)三日も生理休暇の要件が続くことは殆んどない。また生理休暇をある月に三日以上とればある月には二日はとれず結局年間を通ずれば二四日しかとれずこの点新規定でも年間を通ずれば二四日生理休暇を取得できるのであるから不利益ではない。また新規定では月に二度生理休暇を取得した場合(それが生理休暇の要件に合致しておれば)二度目の補償金を請求できないという意味では不利益といえるが、この周期が三〇日より短いものの場合旧規定で月に二度(月に三日以上)生理休暇をとつても結局一年を通ずれば一二回(二四日)しか補償金が請求できず、新規定でも毎月二日は補償金が請求できるので一年を通ずれば不利益とはいえない(第一審判決は理由の四3(二)(3)で「いずれが有利か不利かにわかに断じがたい」と述べている。同判決書第二四丁裏参照)。
また原判決は年間一二回を超える場合に各人が自己の心身の状況に合わせて生理休暇を取得することができなくなるという。理論的には原判決がいうとおり生理休暇はまさに各個人の心身の状況に応じて取得するものである。然るに実情はどうかというに、被上告人等は運動活動の一環として生理休暇を集団的統一的団結的に取得しているのでありそこに原判決がいうような個人的状況は全く存しないのである。生理休暇の有償日数につき年間二四日を月二日と変更したことは生理休暇の根拠(乙第五号証)、実情(第一審判決書別表(一)および(二)1ないし9)からみて「女子労働者の保護」(原判決書第六丁裏)に欠けるとは思えないのである。
第二点 原判決は理由の三において被上告人等に生理休暇制度の濫用、支給総額(賃金総額)の大幅上昇があつても被上告人等またはその所属する労働組合の同意がないにかかわらず実質賃金の低下を生ずるような就業規則の一方的変更によつて被上告人等に不利益な労働条件を課することは許されないと述べたが、これには理由不備または判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違反、経験則違反がある。
一、原判決の理由の三には次のとおり理由不備がある。
(検数協会事件判決)
(1) 原判決は社団法人日本検数協会についての東京高裁第一四民事部の昭和五〇年一〇月二八日判決(以下これを検数協会事件判決という)を引用しているが、ここでいう「実質賃金」とは本件でいう補償金と異なるようである。即ち右検数協会事件判決書は「欠勤の場合に本給の減少を伴ない、同じく遅刻の場合に原則として月極め手当の減少を伴ない、同じく早退の場合に本給の減少を伴ない、長期的に実質賃金の低下」と述べているので右検数協会事件判決でいう「実質賃金」とは労働の対価たる賃金をいうもののようである。そうとすれば右検数協会事件は賃金そのものに関する事件であり、本件は生理休暇補償金に関するものである。原判決は「実質賃金」という用語を使用して両者の同質性をあらわしたのであろうが一方は賃金そのもの、他方は賃金以外に関するものであるから、検数協会事件判決を引用することは不適切であり理由不備である。
更に検数協会事件には欠勤、遅刻、早退が濫用されたという事実もないようであるから右判決を引用することは益々不適切かつ理由不備である。
(就業規則の変更は許されないのか)
(2) 原判決は生理休暇制度の濫用、支給総額(賃金総額)の大幅上昇があり、これが「使用者にとつて合理的にみえても」本件のような実質賃金の低下を生ずるような就業規則の一方的変更によつて労働者に不利益な労働条件を課することは許されない(原判決書第九丁裏)というが、これは使用者にとつて合理的に見えてもそれは真の合理的ではなく、結局如何なる場合も就業規則の変更は許されないという意味かと思われる。然るに原判決書第九丁裏の「かりに生理休暇制度の濫用があるにしても」以下は使用者にとつて合理性がある場合は許されるという意味にもとれるし、この点不明確である。
更に就業規則の変更が許される場合における本件事案(生理休暇制度の濫用と支給総額の大幅上昇)の判断にはただ許されないというだけで何故許されないのか明らかでない。この点が本件における最も重要な点であるにかかわらず理由が明確にされず(生理休暇濫用の抑制策云々といつた的をそらす表現はあるが)理由不備である。
二、原判決の理由の三には次のとおり判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違反、経験則違反がある。
(就業規則は合理性があつても変更できないか)
(1) 本件の最大の論点は被上告人等に生理休暇制度の濫用、支給総額の大幅上昇の合理性があつても本件就業規則の変更が許されないかということである。
この点原判決は右変更を「実質賃金の低下」としたうえ、使用者にとつて合理的にみえても実質賃金の低下を生ずるような変更は労働者に不利益な労働条件を課するもので許されない(原判決書第九丁裏)としたが、これを合理性があつても許されないということであれば秋北バス事件についての最高裁昭和四三年一二月二五日大法廷判決、民集二二巻三四五九頁(以下前掲最高裁判決という)に反するもので労働基準法第八九条に違反する。
(本件就業規則変更の有効性)
(2) 原判決は「生理休暇制度の濫用があるにしてもその抑制には別途の方策を講ずべきもので、これを理由に生理休暇補償金(手当)の額を就業規則の一方的変更により減額することは許されない」(原判決書第九丁裏)と述べているが、これは憲法第一二条、民法第一条第三項、労働基準法第八九条、第六七条、経験則に違反する。
(ア) 補償金は既に第一点二(1)で述べたように減額できないものではなく(第一審判決理由四3(二)、同判決書第二三丁表参照)また権利ではなく利益というべきものであるが、かりに権利としても権利の濫用は憲法第一二条、民法第一条第三項の厳しく禁ずるところで、権利を濫用するものは法の保護を受けられず請求権が否認される(川島武宜著民法総則有斐閣法律学全集五一頁参照)。
(a) 従つて被上告人等の補償金は本来全額否認されるところであるから、これを基本給の六八パーセント支給し原判決理由の二の第三段(原判決書第五丁裏)のとおり一時減額となつたとしても、その後、後述のとおり補償金の額は当時の額を上回るのでこの変更は認められるべきである。
(b) 被上告人等を含め女子労働者全員が生理休暇を取得することは、要件に該当するものだけが生理休暇を取得でき、これに該当するものを保護しようとする制度の趣旨を逸脱するもので、かかる被上告人等の生理休暇取得により制度は死滅し、女子労働者保護が悪用されたのである。旧規定では単に有給とだけあつたのを上告会社は女子労働者保護のため基本給一日分の一〇〇パーセントを補償金として支給しこれが慣行となつていたが(原判決理由の二の第五段)、右のとおり女子労働者が保護に値しない状態となり制度の存在理由が否定されたので就業規則は変更さるべくこれで就業規則が永久に変更できないとあつてはこれはど不合理なことはない。
(c) オールタケダのうち上告会社を除くタケダ理研等(現在は合併してタケダ技研となつている)はもともと生理休暇の濫用はなく(前記第一点二(2)(エ)のとおり)現在も濫用はない。更に上告会社においては現在四名(本件就業規則変更後入社したもの一名を含む)の女子労働者は生理休暇を濫用していない(被上告人等のうち吉田、原田の二名は現在退職しているので現在濫用しているのは六名である。)
従つて本件就業規則の変更が認められないならば上告会社では生理休暇を濫用していないものと被上告人等のように濫用するものとを平等に取扱うことになり、更にタケダ理研の女子労働者を不利益に取扱う(タケダ理研では補償金は基本給一日分の六八パーセントである)ことになるが、こういうことを法が認めているとは思われない。
(イ) 上告会社の女子従業員が昭和四八年当時被上告人等八名を含む一一名全員が第一審判決書別表(一)および(二)の1ないし9のとおり確実に毎月二日、一年に二四日生理休暇をとり、しかも多くは休日の前後に生理休暇をとつていることは医学的な生理休暇の必要度が約二〇パーセント(古沢嘉夫「働く婦人の母性保護に関する医学的考察」労働省婦人少年局「働く婦人の母性保護について」一九五七年二六頁)、全国の生理休暇取得状況が約二〇パーセント(乙第一ないし第四号証)ということに鑑みれば極めて異常でありこれは生理休暇の濫用である。第一審判決もこれを生理休暇の濫用と判断としている(第一審判決理由の四3(一)、同判決書第二〇丁裏参照、有泉亨著労働基準法有斐閣法律学全集四一二頁。山本吉人著労働時間制の法律論総合労働研究所三一三頁参照)。
(ウ) 原判決は就業規則の変更には原則として労働者または労働組合の同意が必要である(原判決書第八丁裏)というが、生理休暇制度を濫用してこれを運動の一環として行つている被上告人等が同意するわけはなく、また上告会社は前述のとおり組合に同意を求め拒絶されたが、組合の女子組合員は被上告人等であつてこれが集団的統一的団結的に生理休暇を取得しているのであるから組合が同意しないからといつて就業規則が変更できないわけはなく(前掲最高裁判決参照)、集団的画一的処理のためには就業規則を変更せざるを得ないのである。
(エ) 原判決は「かりに生理休暇制度の濫用があるにしてもその抑制には別途の方策を講ずべし」(原判決書第九丁裏)というが、これは要件チェックによる支払拒絶または懲戒処分を示唆するのであろうか。しかし被上告人等に対し支払拒絶または懲戒処分にすることと、濫用で死滅した生理休暇制度を本来の真に女子労働者保護の制度として対策を講ずることとは別でこれは使用者の義務である。而して上告会社が本件就業規則を変更して一般的に基本給上昇率だ補償金の支給率を下げることは制度を認識することにより制度の理解を高め、濫用するものと濫用しないものとの公平を期し、更には労使関係を円滑に運営するための措置であると考える。
(オ) 原判決の論理をもつてすれば補償金の支給率を下げるのは実質賃金の低下になるので許されないということであるから、当時補償金の支給率をそのままにしておき、支給総額が同じになるようにするために賃金上昇率を三二パーセント未満にしておくべきであつたということになる。しかしそれでは男子従業員および生理休暇を濫用しない女子従業員は三二パーセントに満たない上昇率の賃金を受取るだけであり、その犠牲において生理休暇を濫用している被上告人等は基本給の一〇〇パーセントの補償金を不当に取得することになる。このような不公平かつ不合理な結論は誰も是認することができないであろう。
(支給総額の大幅上昇と本件就業規則変更の有効性)
(3) 上告人は支給総額(賃金総額)の大幅上昇を本件就業規則変更の第二の理由にかかげたが、これに対し原判決は何らの理由を示さず変更は許されないとした。
しかし上告人が既に第一点二(2)特にその(ウ)で述べたとおり補償金一日の額が旧規定に比して金二五一円から金一〇一円、一ヵ月でこの二倍の減額の計算となるが、一方基本給は一ヵ月金二万四九四九円から金一万七三〇二円と大幅に上昇し、冬の賞与三〇・二パーセント、夏の賞与二九・七パーセントと増加し、結局賃金は平均三五パーセント増額し(甲第一一号証)、ひいては支給総額も大幅上昇となつて右一時減額を補つて余りあり、更に原判決が理由の二の第三段で述べるとおり昭和五〇年七月から同五一年一〇月にかけて補償金の減額も解消し、昭和五三年五月現在では被上告人金田が一日につき旧規定より金一五三六円増の金三八二四円、同新井田が金一九〇四円増の金四五七一円、同阿部が金一三六三円増の金三九八五円、同藤田が金八五六円増の金三〇五三円、同篠田、同大野が金六〇二円増の金二六九三円と増額していて(原審上告人準備書面(五)参照)利益になりこそすれ不利益となつていないのである。
従つて右支給総額の全体的長期的大幅増加は生理休暇の濫用と相まつて本件就業規則の変更を有効ならしめるものである。支給総額の大幅上昇があつても本件就業規則の変更が許されないとするのは労働基準法第八九条、第六七条経験則違反である。
(前掲最高裁判例に基ずく本件就業規則の変更の合理性)
三、就業規則の変更については最高裁判所が秋北バス事件において「就業規則の当該規則条項が合理的なものである限りその適用を拒否することはできない」と判決しているので本件においても右判例に従い本件就業規則変更の合理性について述べる(詳細は前述第二点二(2)(3)に述べたとおり)。
(a) 上告会社において昭和四八年一二月当時まで被上告人等を含む女子従業員全員が生理休暇を取得していたが、これは生理休暇の医学上の必要度約二〇パーセント、全国の取得状況約二〇パーセントと比較して生理休暇の濫用というべきものである。これは生理休暇の要件を無視したものでここに生理休暇制度は死滅し、女子労働者保護の趣旨は悪用され、規則制定の趣旨が全く変つてしまつたのでここに本件就業規則を変更したのである。
なお資本系統を同じくするタケダ理研では女子従業員に生理休暇濫用の事実がないにもかかわらず組合がこの変更に同意したという事情がある。
(b) 当時、上告会社、タケダ理研等のオールタケダの賃金上昇率が三二パーセント(上告会社だけでは三〇・三パーセント、被上告人等だけでは三五パーセント)であつたが、生理休暇補償金の支給率を基本給上昇率と同じだけ増額しては生理休暇を濫用しているものを濫用していないものと同等に扱うことになつて不公平になるので、支給率を基本給一日分の六八パーセントとした。而してこれは支給総額において不利益にならないように配慮しているのである。
(生理休暇)
四、最後に生理休暇制度について意見を述べる。
(ア) 生理休暇とは前述のとおり労働基準法第六七条の要件に該当しているものが取得できるのであり、この医学上の必要度は約二〇パーセント我が国の現状でも約二〇パーセントである。しかし真実生理日の就業が著しく困難なものの多くは病気があり治療が必要である(乙第五号証)。而して治療すれば生理休暇の必要がなくなるのであり、上告会社では健康保険で治療が受けられ欠勤しても賃金が差引かれないことになつている。
然るに被上告人等全員が生理休暇を取得することは生理休暇の要件に該当しないものが生理休暇を取得しているもので生理休暇の濫用といわざるを得ないのである。これは医師の診断書等の証明を求めてはならないという実務の取扱(昭和二三年五月五日労働基準局長名通達、第一審判決理由の四3(一)、同判決書第二一丁表参照)のため本人が請求すれば認めざるを得ないからである。而して被上告人等が運動活動として集団的統一的に生理休暇を取得するのは制度の趣旨を逸脱するものである。しかし上告会社は被上告人等に対し現在月二日基本給一日分の六八パーセントを補償金として支給しているのである。これが原判決のいう「実質賃金の低下」の実体である。
(イ) 有泉亨東大名誉教授、氏原正治郎東大教授、大来佐武郎日本経済研究センター会長、田辺繁午弁護士、辻村江太郎慶大教授、堀秀夫身障者雇用促進協会会長、松宮克由東京都地労委員、山内一夫学習院大学教授をメンバーとする労働基準法研究会第二小委員会は昭和五四年一一月二〇日生理休暇制度は医学的根拠がなく廃止すべきだと報告し(乙第七号証)、現在の医学の多数説も生理休暇に医学的根拠なしとしている(乙第五号証)。また市川房枝氏も朝日新聞昭和五四年一月六日朝刊東京版五頁論壇で「生理休暇は全般的に廃止しても結構だと思う」と述べており、現在生理休暇廃止の趨勢にあるとき、被上告人等がこの制度を運動として濫用すれば本件就業規則を変更するのもやむを得ないというべきであろう。
原判決は生理休暇制度の濫用、支給総額の大幅上昇があつても本件就業規則が変更できないとするが上告人はこれには到底承服し難いところである。降の就労期間は退職金算定の基礎勤続年数に算入されなくなるという不利益を課するものであるにもかかわらず、その代償となる労働条件が何ら提供されず、また、右不利益を是認させるような特別の事情もないときは、右変更は合理的なものということができず、従業員に対し効力を生じない。